特別な日。

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『生きているもんは皆、いつだって何かを探しとんのじゃ』とは、おれのばあちゃんの口癖だ。 今年で70になるばあちゃんは物忘れも多くなってきていて、確かにしょっちゅう何かを無くしては探しているのだけれど――思えばおれだって、日々いろいろなものを求め、そして探している気がする。 ただ、どういうわけだか、必死で何かを探している時に限って、それは見つからない。 逆に、『もう諦めよう』――と肩の力を抜いてしばらくした頃、まるでこちらを馬鹿にでもするかのように、探していたものがひょっこり目の前に現れたりするのだから、不思議だ。 ――夕方、5時。 今おれは、まさにそんな状況に立たされていた。 今日は観たいバラエティー番組もあるし、そろそろ諦めて帰ろうかな、と考えていた矢先だった。 「……。……いた……!」 誰に向けて発した、というわけでもなく、興奮から、自然に言葉がもれた。同時に、心臓がものすごい勢いで脈打ち始める。 唾を、息を、のむ。 暑さから、あふれてくる汗が、頬をつたう。それを手の甲で静かに拭いながら、おれはゆっくりと持っていた網を構えて、慎重に、じりじりとそれに近づいた。 あまりのんびりしていると逃げられてしまう。――でも、慌てて物音を立ててしまえば、やはり、逃げられてしまう。 急ぐ事は出来ない。 ――あと……少し。 ……、よし、今……! それと網との距離が10センチ程度になったその瞬間、おれは網を思い切り振った。 木と網の縁がぶつかる鈍い音が響き、網の中に何かが入ったのが、しっかりと見えた。 思わず、おれは拳を強く握りしめ、頭の上に高々とあげた。 その瞬間、今日という日が、おれにとって意味のある、特別な1日になった。
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