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「のう」
「……ん」
「見た事ない顔じゃけど、この辺りに住んでるん?」
「……ん」
「どこの学校行っとるん?」
「……ん……」
おれは、ふう、とため息をついた。……変なやつ。
こんにちは、などと見ず知らずのおれに話しかけてきたくせに、そのわりには無口で、話しかけても小さな声で短い言葉を返してくるだけ。
おれが話しかけなければ、今度はうつむきながらもぞもぞと身体を動かすだけで、ただただ気まずそうにしている。
「…………」
顔をしかめる。正直、おれも同じ気持ちだった。……こんなところで女とふたり、一緒に座っているところを誰かに見られたら、なんと言われるか。
どうせからかわれ、口笛をふかれ、いつの間にやら噂になって、クラスの笑いものにされるに決まっている。……そんなの、たまったものではない。
「…………」
時間の流れが、やけにゆっくりに感じられた。
おれは、持っていた水筒のフタを開けては閉め、開けては閉めを繰り返していたのだけれど、とうとう我慢出来なくなって、「用もないんなら、おれ、もう行くけん」と立ち上がる。
すると、そのタイミングと同時に女は顔を上げて、何か話す決意でも固まったのか、「……あの」とまっすぐにこちらを見てきた。
「なんじゃ」
「あの……。さっき、手に何か持ってたけど……」
「? ……ああ、なんじゃ。そんな事か。ありゃあな、ヒグラシじゃ」
「ヒグラシ……」
女は、初めて聞いた、というような表情をつくり、興味深そうに、目をくりくりとさせた。
仕方がなく、おれはもう1度切り株の上に座って、女を見据える。
「……ほれ、遠くから聴こえるじゃろ、カナカナ……って。あの鳴いとる虫が、ヒグラシじゃ」
「……。ヒグラシ」
女はもう1度、その名前をつぶやいた。
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