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落涙警察官のパラドックス
流れよ我が涙、と警官は言った。透き通った風にスカートを流しつつ楓は考察した。
頃は芸術の秋、そして学問に相応しい季節。キャンパスを行きかう洋装は百花繚乱。とりわけ瑠璃色の巻き毛は目立つと楓は自負している。
つん、と風船華の香が涙腺に染みる。流れよ、我が涙、か。
「その理由は単純明快だわ。奴隷的拘束に薄給で甘んじる境遇を嘆いたのよ」
好敵手は前髪を書き上げ、挑発的な唇を開いた。
「ふうん、陳腐ね」
嵐の前兆だ。オープンテラスにたちまち人垣ができる。白熱大学で一、二を争う論客はこのように睦言を交わす。
「楓が勝つわよ」「いーえ、澪は負けない」
両才女の取り巻きが互いに火花を散らす。
何しろ名門の選りすぐりが集まる白熱大学。米有名大学日本校の開設とん挫を受けて政府の肝煎りで出来た。楓と澪は学内の火打石だと揶揄されている。「そのオーソドックスが行動心理を支配しているの。感情は喜怒哀楽に因数分解できる。マズローの五階層説はご存知? 安全欲求を基礎として高次の意欲が積み重なる。感情は原始的表訴よ」
「警官は損得勘定だけで奉じるかしら」
澪が正論をぶつけた。
それは欲求ピラミッドの土台をかすったらしく楓は少し口ごもった。
「…使命感や名誉欲で動く警官もいるわ。ただそれは福利厚生があってこそ」
勝ち誇った眼で澪が睨む。「感情論をご自分で否定なさるのね」
ううっ、と楓は口ごもってしまった。渦巻く歓声と鳴りやまぬ拍手がドップラー効果となる。カツカツと鉄の階段を鳴らしてドアをバタンと閉めた。制服のスカートを畳む気力もない。どうしてこうなった。楓は玄関に横たわった。
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