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「宮田さんも一緒に行きます?」
「いや、いいや」
「どうしてですか? …………特別な日だからですか?」
そうだ。今日は特別な日だった。今も俺のスケジュール帳は今日だけ白い。
「もう特別な日じゃない。でも、疲れたからこのままゆっくり過ごすよ」
「そうですか。分かりました。じゃあ、また」
河本さんは目も合わせずに、そそくさと出て行った。
その後ろ姿がドアの向こうに消える直前になってようやく、俺はありがとうもなにも言っていないことに気づいた。けれど、もう遅くて、河本さんの足音がアパートの通路に響いている。その音が聞こえなくなるまで耳を澄ませていた。
聞こえなくなって、無音になった。本当になにもない部屋。余計なことを考えたくなくて、なにもないテーブルに突っ伏した。
視界が真っ暗闇に覆われても、頭はどうしようもなく動いていて、河本さんの姿がオードリーヘップバーンに重なって、ローマの町で笑っている。
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