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「お話を聞かせてもらう前に」三十代だろうと思われる細身の女性がお茶を運びながら私に話しかけてきた。
予約が取れるか聞こうと思っただけなのに、今日は患者さんがいないからと、この女性が部屋に通してくれたのだ。
女性は見るからに優しそうな印象を受けた。服装はジーパンというラフな格好で、髪を一纏めにして頭後ろでお団子にしていた。
カウンセラーという職業からなのか、私の思い込みからなのか、優しさだけでなく本当に心の話を聞いてもらえるのだと感じた瞬間、興味本位で来たはずなのに、涙がでそうになった。
「うちは必ず所長が最初にお話を聞かせてもらうんです、それで担当のカウンセラーを決めますので。所長が担当になった場合は頂く料金が私達とは違います。その辺も説明がありますので、所長が来るまでちょっとお待ち下さいね。」
女性はそう言うと、一礼して部屋を出て行った。
通された部屋は思ったより広かった。対面のソファーが置かれ、パソコンデスクもあるし、この半分のスペースでも良い気すらした。
この部屋の他にもドアがいくつもあり、外観からはこんなに部屋があるとは思いもしなかった。
廊下には貸し出しもしているという本が何冊も置かれ、観葉植物に加えて水の流れるような音のする機械もあり、カウンセリングルームとはこういうものなのかとキョロキョロしながら廊下を歩いた。
所長を待っている間、何度か電話がなったが誰も電話に出ず、留守番電話に切り替わる音がかすかに聞こえた。
患者さんだろうか、患者さんならそこそこには人の訪れるカウンセリングルームなのだろうかとぼんやり考えた。
人がいるはずなのに何だか気配がないし、自分の存在すら消えかけていくような、そんな静けさがあったが、悪い気はまるでしなかった。
寧ろ、ずっとこんな環境で過ごしていたいと感じた。
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