225人が本棚に入れています
本棚に追加
「お母さん、私部活辞めたい。」
私は思い切って母に相談した。
家庭はもうギスギスしていた。
母は毎週ソフトボールのためだけに帰ってくる父に愛想を尽かしていたし、大学生になった姉も父に対して冷ややかで、私も父のいる家に帰りたくなくて、週末は近所のチームメイトの家にお世話になった事もあった。
「凛が本当に辞めたいなら辞めてもいいと思う。お母さんは何も言わない。」
母はそれだけ私に言った。
後日、私は顧問の先生に部活を辞めたいと申し出た。当たり前のように却下された。
さらには私の知らない所で部員を集め、「お前達が草摩の父親の事を悪く言うから、草摩が部活を辞めるなんて言い出したんだろう。今日中に草摩を説得しろ、それまでお前達は帰宅するな。」などと見当違いも甚だしい事を言っていた。
放課後、チームメイトから事情を聞いた私は、私が決断しなくてはいつまでたっても家に帰れない部員達を見て、数秒間でソフトボール部から逃げられないのだと悟った。
そして、中学3年の夏休みの半ばまで、私はサードのポジションに立ち続けた。
「お母さんはお父さんに何も言ってくれなかったの?」
吉良さんは相変わらず私を真っ直ぐに見て言った。「何も言いませんでした。本当に何も言ってくれませんでした…。」
「なるほど、何も言わない代わりに、1番大変な所を君に任せてしまったんだね。お姉さんの時もそうだった。君が1番助けを求めた所を、結局は君に押し付けてしまったんだね。」
そうだ、ソフトボール部の時も母は何も言わなかったし、しなかった。
「君は怒ったりはしなかったの?」
吉良さんは少し不思議そうな表情で言った。
「怒ったりはしませんでした。言っても無駄というか、やっぱり家族って何だろうみたいには思いました。」
口に出しては確かに誰にも怒らなかった。父に怒ったとしても母に怒ったとしても、あの時は私が我慢する事が一番早い解決策だと思ったからだ。
「そういえば、私が卒業した後も父はしばらくソフトボールのために静岡に帰ってきていたんです。後輩達の試合に応援に行った時、私はひたすら後輩達に謝りました。」
「お父さんは趣味にとことん没頭するタイプなのかな。」
「今は社交ダンスと釣りにはまってます。」
そうだ、吉良さんの言う通りだ。
定年退職して父は静岡に帰って来たが、テレビを見ているか食事の時以外は、殆ど出掛けてしまっている。
最初のコメントを投稿しよう!