第5回心の処方箋 -初診-②

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不満ばかりをぶつけられる生活で、私の症状が回復に向かうはずがなかった。 働いていた時の貯金で携帯代と日用雑貨品、病院代は何とかなっていたものの、このままではあと数ヵ月で貯金が底を突く計算だった。 薬を飲まない生活は考えられなかったので、私は自分を守るためにも、無理矢理仕事をする事を決心した。 医者も「まだ早いのではないか」と心配していたが、薬を切らせて手首を切るような真似はごめんだと自分に言い聞かせた。 -まるで薬物中毒じゃないか。 私は苦笑した。 仕事は交通の便の良い場所で、短期間、簡単なデータ入力をする事にした。 とにかく病院代が稼げればそれでいい、短期間でも時給が良くフルタイムだからしばらくは凌げるし、1年未満の職歴しかない自分を雇ってもらえたことに感謝した。 仕事は繁忙期という事で、私ともう一人の女性が雇われた。歳が近く気さくな性格をしていたため、私達はすぐに打ち解けた。 仕事自体は決算書の数値を専用の端末にテンキーを使って入力する、というものだった。 決算書など見たことはなかったが、見たままをフォーマットに入力するだけだったので、簿記などの知識がなくても難しくはなかった。 何より周りの人達が親切で、仕事のことでは困ることが殆どなかった。正直短期間なのが惜しいくらいだった。 同時に入社した彼女は、「この仕事が終わったら、オーストラリアにワーキングホリデーに行く事になっているんだ。」と、日々嬉しそうに語った。 オーストラリアと聞いて余計に親近感が湧いたし、ホームステイの経験話でも話が弾んだ。 短期間の仕事だというのに、私が時々体調を崩して欠勤する事以外は、充実していたように思える。 相変わらず病院にはお世話になっていたものの、家から離れる時間があったのは正解だったかもしれない。 母は再び私が仕事を始めた事に気を良くしたのか、それとも単に一緒に過ごす時間が減ったからなのか、その時は若干口うるささが減った気がする。
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