第5回心の処方箋 -初診-②

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結果的に、私の就職は良い方に転んだ。 短期間の仕事だったはずが別の部署に手伝いに来てほしいと契約が更新され、長期の仕事に変更になった。 部署の異動は正直痛かったが、いざ異動してみると教育係がおり、やはり周りの人が親切で、分からない事は丁寧に教えてくれた。 とはいえ、薬なしでは仕事は出来なかった。気分にムラはあったし、着替えや化粧が億劫だったり、まるで動けない日もあった。 薬の量は増えたり減ったりを繰り返し、快方に向かっているとは考えにくかった。 そんなある日、私にも久し振りに恋人ができた。 大学の時からの知り合いから久し振りに連絡があり、話が盛り上がった。 この知り合いが後の恋人で、結婚が破断になった男性だった。 彼は当時東京に住んでいたが、話が盛り上がった事もあり、急遽静岡まで遊びに行くと言い出した。 ちょうど季節は夏、静岡で大きな花火大会がひかえていたからだ。 彼は約束通り花火大会の日に遊びに来てくれた。 大学卒業後からちっとも変わっておらず、「お互い様だ」などと言って笑い合った。 遊びに来てくれたのは良いものの、花火大会だというのに、天気は生憎の雨だった。 「雨なのに午前中から良く来てくれたね。」と言うと、「暇だったしな。」と返事が返って来た。 花火大会は土曜日で、私達が花火大会中止の情報を聞いたのはその日の午後だった。同時に、花火大会は日曜日に変更される事になった。翌日は晴れの予報だった。 彼は元々一泊するつもりで来ていたらしく、「明日も雨だったら俺は泣いて帰るぞ。」と笑いながら言った。 雨を避けるように地下道を通り、食事を摂り、ゲームセンターで遊んだ。 クレーンゲームが好きだと言う彼は、自分が欲しいものではなく、自分が取ってみたいと思う物ばかりを狙った。 結果、取れたのは巨大なぬいぐるみで、こんな雨の中こんな大きな物を取ってどうするんだと私は少し怒りながら言った。 景品袋にも入らず、私が両手で抱えて持つ事になったが、言うまでもなく目立って通行人の目を引いた。 一度駅に戻り、コインロッカーにぬいぐるみを詰め込めこんで、私達は再び街中に遊びに向かった。 天気は雨だが、気分が晴れたのは久し振りだった。 私は素直に彼にお礼を言うと、彼は少し照れくさそうにした後、「明日が本番だろ。」と誤魔化しながら言った。
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