第6回心の処方箋 -初診-③

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第6回心の処方箋 -初診-③

「俺、挨拶に行った方がいいのかな。」 ある日、彼はぽつりと呟いた。彼がそう言い出した原因は、やはり母だった。 数日前、3連休を利用して彼と旅行に行く事が決まった。行き先は箱根で、泊まる所も行きたい場所も、二人で決めた。 旅行に行く事はもちろん母に報告しなくてはならなかった。もしも言わなかったら、電話やメールの嵐でせっかくの旅行が台無しになる。 「泊まる所の住所と連絡先、書いて。」 母は私にメモ用紙とボールペンを差しだした。 そんな事があって。 私は彼の気持ちも考えず、「母にこんな事言われた。」と話してしまい、割と真面目な彼は一度挨拶に行った方が良いかと気にし始めた。 今までもそうだが、彼と一緒でも、何をするにも何処へ行くにも、必ず母の許可を求めねばならなかった。 彼は「俺、信用されてないのかな。」と言うので、私は気にする事はないと言ったが、彼は「旅行の後になっちゃうけど、挨拶に行く。」と言ってくれた。 そして彼は実行に移してくれた。 普段は頼り甲斐のある彼が、その日ばかりは落ち着きがなかった。 手土産は本当にこれでいいのか、服装はおかしくないか、挨拶の言葉は何が良いかなどなど、彼は一生懸命考えていてくれた。 家に着いて、「ただいま。」と言いながら玄関の扉を開けたが、母の出迎えはなかった。 様子をうかがうと、母は台所で家事をしていた。 今日は彼が来るとあれ程言ったのに、母は普段となにも変わらない姿勢でいるようだった。 母の姿を見て、彼は慌てて「こんにちは、お邪魔します。」と声を掛けた。 ところが、母は振り返りはしたものの、何も言おうとしなかった。 異様な母の態度に私も彼も戸惑い、彼は自己紹介も忘れ、「つまらない物ですが…。」と手土産を差しだした。彼が悩みに悩んで買った、老舗の羊羹だった。 彼が包みを差しだしているのに、母はそれに対しても無反応だった。 「お母さん。」 と私が言うとようやく、 「別にいいのに。」 と言って、やっと受け取った。 その後、「私、凛さんとお付き合いをさせて頂いております…」と彼が思い出したように自己紹介を始めようとしたところ、何故か母はまた背を向けてしまった。 本当だったら私が何とかせねばならない状況だったが、余りの母の態度に驚き過ぎて何も言えなかった。そして彼も、それ以上言葉はを紡ぐ事ができなかった。
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