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「わかった……!これは瑛太に一生の伴侶ができた時、俺からちゃんと手渡しておくから……」  安心してほしい。その時はきっと、瑛太と二人この手帳を開き、あれこれと語り合うのだろう。いつの未来かはわからないが、なんだかとても泣けてくるじゃないか。それまで懸命に育てるよ、約束する──。 「はっ!?あんた、頭だいじょうぶ?」  広務の妄想感動劇を打ち破ったのは、すっとんきょうな香子の罵りだった。 「何か勘違いしてるみたいだけど、それ、子供産んだ記念品なんかじゃないからね?育児の必須アイテムなんだから」 「えっ、えっ?そうなの?」  中身をあらためるよう香子に促され、広務はファスナーを開けて見た。ケースの中には可愛い表紙の「お薬手帳」、くまさんなどのキャラクターが描かれた「診察券」が数枚、母子手帳と共にしまわれている。 「予防接種受ける時、母子手帳持ってこいっていう小児科多いから。後、十一歳になったら絶対受けなきゃいけない予防接種があるから区からお便りが届いたら予約取るように。それとインフルエンザの予防接種は九月一日になったらすぐに予約入れること。でないとすぐに予約数いっぱいになって受けられないから。ついでに子供のインフルエンザは二回接種だからね」 「え?え?何て?ごめん、ちょっとメモ──」  まくしたてるように説明され、脳内メモリが追いつかない。さらに現在、瑛太は花粉症にかかっているそうで、毎朝一錠アレルギー薬を服用させることを命じられた。 「そろそろ時間だ」  香子の夫が名残惜しげな表情で瑛太を見た。明日の日曜、香子夫婦も大阪の新居に入居予定とのことで、今夜の飛行機で東京を発つのだ。 「瑛太、夏休みになったら大阪にお泊まりに来てね?絶対だよ」  香子は瑛太のぷにぷにの頬を何度も撫でて声を詰まらせた。まるで今生の別れのように。  それもそうだろう。複雑な事情でもない限り、親と子は同じ屋根の下で暮らすものだ。しかも瑛太はまだ十歳。母親として別れがたい気持ちはじゅうぶんに理解できる。  しかし瑛太はケロッとしたものだった。 「オッケー、オッケー、風呂オッケー!てかさ、俺の誕生日!絶対ゲーム送ってくれないと、まじパンチ百発だからね!」
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