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齢十にしてなんというダジャレセンス。将来は相当な親父ギャグの使い手になること間違いなし、だ。
香子もすっかり脱力してしまったようで、そろそろお暇とばかりに立ち上がった。そして思い出したようにバッグから財布を取り出し、一枚のカードを広務に手渡した。
「そうそう、これ。明日の午後二時、瑛太、美容院の予約入ってるからよろしく~」
「え?あ、はい」
今日一日引っ越しで潰れたというのに、明日は明日で子供の美容院に付き添うのか。親というものは、こんなにも自分の時間が持てないものなのか。
香子達を見送った後、今夜の夕飯は外食することに決めた。もう料理する気力がわかないほどに疲れている。
自分一人ならコンビニでカップラーメンでも買うか、ここまで疲れているなら一食抜いてしまうところだ。しかし育ち盛りの瑛太がいる。手を抜くことはしても、食事を抜くのは良くない。
何が食べたいか尋ねると、瑛太は『廻る寿司屋』をリクエストしてきた。一人暮らしを始めて以来、交通の便のよい場所にしか住んだことのない広務はマイカーを所有したことがない。歩いて行ける場所に廻る寿司屋がなく、電車で数駅先にある駅近の回転寿司店に行くことにした。
回転寿司なんて本当に何年ぶりだろうというほど久々だ。瑛太は行き慣れているようで、ネットで予約を入れるようアドバイスしてくるほどだ。
瑛太はよほど寿司が好きみたいで、行きの電車の中では「すし!すし!」と連呼しながら正拳突きのまねごとをして、若い女子達にクスクス笑われていた。
生命力に溢れ、元気いっぱい、今を一番楽しく生きることに全力な感じが、もうすぐ三十路の身には疲労を感じさせる。もしや瑛太は広務の生気を吸い、己の活力に変換しているのではないかとすら、本気で思う。
寿司を食べ、帰り道に明日の朝食の買い物をし、帰宅後風呂に入るともう午後十時を過ぎていた。こんなにも一日が過ぎるのが早いと感じるのはいつ以来だろう。
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