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 四月、営業二課には新入社員が研修にやってくる。基本の外回り営業を身につけるためだ。まだまだ着慣れないスーツを身に纏った若者が緊張気味に社員の後をついて歩く様子は、まるでカルガモの親子のようだ。  じゃあ広務の後をぴったりついてまわるこの男は──、 「なんだか葛岡の番犬みたいだな」 「えっ」  自分もそう感じていたことを、まるで透視したかのように同僚に声をかけられ、広務はビクリと肩を揺らした。 「いや、そうやって背後にでかいの連れてると、まるで葛岡を守ってる犬みたいだと思って」 「ああ……」  そう、新年度から広務の担当先を、椎名と二人で担当することになったのだ。部長のお墨付きとはいえ、異動して間もない椎名はまだ一課のやり方を覚え始めたところで、広務と行動を共にしなければならない。そんな椎名は常に広務の斜め後ろをついてくる。 「椎名くんさ、できれば隣を歩いてくれるかな」  ボディガードでもあるまいに、なぜに半歩斜め後ろをついてくるのか。同僚に指摘されたことを考えると、まるで広務がえらぶっているみたいじゃないか。 「でも俺デカいんで、二人並んで歩くと他の人の邪魔じゃないですか?」  言われてみると、確かに、だ。椎名は広務より背も高く男らしい体をしている。そしてあらためてよくよく見ると、椎名は存在感がある。  黙っていれば憂いのある男前顔の椎名は、喋ると人の好さを満面にあらわしたような笑顔を浮かべる。その笑顔は好感度百パーセントだ。背の高いイケメンというのは、その場にいるだけで強いオーラを放っている。 「それに後ろからだと葛岡さんをずっと見ていられるんで」 「は?」  好感度百パーセントイケメンがポロリと口説き文句みたいな言葉をこぼす。絶対恋愛対象にしないと決めてはいても、ドキリと胸は騒ぐものだ。  広務は椎名の真意を探ろうと向き直った。椎名はくしゃっと照れ笑いを浮かべている。 「俺、すぐ人とはぐれるんで、葛岡さんのことをいつも見てられるこの位置がちょうどいいんです」 「……あ、そう……」  しょーもな。これだからノンケは嫌なんだ。人に気を持たせるような言葉を無意識で吐く。しかし吐いた本人にはそんな深い意味はない。  ドキッとした心拍数を返してほしい。ていうか、いちいちドキッとする自分も嫌だ。  やはり、もうずっと男遊びをしていないのが原因かもしれない。  
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