1章  始まりの悪夢

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1章  始まりの悪夢

昔々のおはなし。この世界には天使と悪魔がおり、2つの種族には確執があった。 天使は人に施し、悪魔は人に夢を売って惑わす。しかし元より悪魔は悪魔とは呼ばれていなかった。 今悪魔と呼ばれる存在達も、昔は天使と同じように人を助け、礼は受けない。人間たちにとって良き隣人的な存在であった。姿形は違えども、お互いを認め合い暮らしていたのだ。 しかしある時、一人の天使が人を殺めてしまった。その人物は人間界の長ともいえる人物であり、彼の死を知った人間たちは大変悲しんだ。この天使が犯した罪は故意ではなかったのだが、立派な罪であり、天使の地位を揺るがしてしまう事件だった。このことを知った天使の長は自分達の種族を守るために人間達に嘘をついてしまった。 『あの者を殺めたのは尻尾と角を持ったあの種族だ。あいつらは悪意に溢れた魔物である』と。 長を殺されてしまった人間たちの恨みは深く、無実を訴える悪魔たちの声が耳に入ることはなかった。やがて、迫害され続けた悪魔たちは人間にも天使にも見つからない地を見つけ、そこで身を固めるのであった。 いつかこの恨みを彼らに仕返す時をただ、待ち続けて。 そんな伝承がある村にメリア・イングランジェはいた。明るく、元気のよいどこにでも居るような女の子。毎日村の子供たちと遊びまわり、中心にいるような存在。これだけの特徴ならば、そこらの子供たちとなんら変わらない。 しかし彼女は特殊だった。みんなは黒か茶色の瞳や髪なのに対し、メリアは金色の瞳に橙色の髪だった。けれど村の人々はみんなそのことを気にはしなかった。どんな姿であろうとメリア自身を大切にしてくれた。だから彼女は幸せだった。優しい両親、仲のいい友達、親切な村の人々。彼女を取り囲む世界はいつだってキラキラと輝いていた。 しかしこの時代、村の外では魔女狩りという名のもと多くの人々が無差別に殺されていた。実際のところ、本当の魔女は一握りだったという。 魔女狩りを行っているのは大都市にある教会であり、時がやってくると司教が兵士たちを連れてはずれの村に住んでいる女たちの中から数人選び裁判にかけ、有無を言わさない判決で火刑に処していった。罪のない女たちは泣き叫び、無実を訴え、憎悪に塗れた顔で炎の中に消える。火刑にされた女たちの身内である男たちは悲しさのあまり人前に出なくなり、ひそかに先だった女たちの後を追った。 この一件イカれた宗教活動は、一部の欲に塗れた聖職者達の趣味のような物だったが、宗教主義だったこの国はそれで成り立っていたため、だれも止められる者はいなかった。 実は、メリアの住んでいる村には一度も魔女狩りが来たことがなかった。 辺境の土地にあったためだろうか、教会が目をつけることがなかった。 教会が望むのはあくまで噂を使った布教活動。魔女を多く狩ることで教会がどれだけ皆の命を守るために戦っているのか、教会の偉大さ、または多くの功績による権力を得るためだ。それゆえ、幸いなことにメリアの村は無事でいられたのだった。 「メリア、今日も泥だらけね」 笑いながらほほについた汚れをぬぐうお母さん。その後ろでお父さんも笑いながら「一体誰に似たんだか」という。 「あのね、今日は皆と村のはずれの森まで行ったの!」 メリアは楽しそうに今日あったことを話す。 ここにいる誰もが幸せな日々が壊れる足音がすぐそこまで迫っていることに気づくことはなかった。 しかしある年、とうとう教会は前触れもなくメリアの住んでいる村にもやってきてしまった。 そして司教はしわがれた声でここに魔女がいると宣言すると、女を並ばせ品定めを始めた。 舐めるような視線を浴び、大人の女たちも震える中に少女たちも並ばされた。もちろんその中にメリアはいた。 メリアも怖くて震えた。自分の容姿が他の人とは違うことを知っていたから。昔、この村から出て森に遊びに行こうとして時、メリアは両親に止められ叱られた記憶がある。 『外の世界は恐ろしいもの』 メリアの容姿がたとえ奇異なものであっても、この村の人たちはメリアを受け入れてくれる。けれど外の世界は違う。メリアの姿を見ればきっと罵倒し、あらぬ疑いをかけられて危険な目に遭ってしまうかもしれない。 『あなたに窮屈な思いをさせてしまって悪いと思っているわ。でも、ただあなたに危険な目に遭ってほしくないだけなの』 母は自分と唯一同じ色をした金色の瞳を揺らして静かに謝った。 あの時、自分が他の子とは違うことに小さく胸を痛めたが、彼女を取り巻く世界はいつだって温かくて幸せだった。だから今まで我慢や辛い気持ちにならずにいられたのだ。
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