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 ――約一年前の冬。 「はあっ、はあっ」  夜の帰宅ラッシュを過ぎた時間帯。一人の男が人気の少ない道を息を潜めながら進む。 『若っ! ここは俺らに任せて、早く逃げてくださいっ』 『んだとっ!? お前ら置いていけるわけねえだろっ!』 『俺らなら大丈夫です! それよりも若が無事に逃げ切ってくれないと、俺らが安心して帰れねえじゃないですか』 『……分かった。絶対、全員で帰ってこいよ!』 『うっす!』 「――くそっ、何が“大丈夫”だよ。何が“若”だよ。仲間置き去りにして逃げるような奴が若頭だなんてっ。ちくしょうっ」  男の歩いた道には血が点々と残っており、その手は腹部を覆っている。血はそこから大量に出ており、スラックスを伝って地面にその色を付けていた。  ふらふらになりながらどうにか一歩ずつ足を動かしていた男の耳に、突如けたたましいクラクションが届く。はっとしてそちらを見るも、人目を避けるために人通りの少ない道を選んだからか、周りに人はおらず、車はどんどん近付いてくる。 「はっ、俺も、ここまでか。悪いな、また俺の方が置いてくことになっちまった」  苦笑いを零し、死を覚悟した男が目を閉じようとゆっくりと瞼を下ろし始めたとき。 「がっ!」  いきなり何かに押され、道路の端まで転がっていく。地面に手をついて何が起きたのかを確認しようとした男の身体は、何かの重みによって、思うように動けなかった。どうやら誰かが助けてくれたのは分かった。 「ど、どうしよう! 早く、えっと、救急車!」  慌てて電話をするその人物の横顔を盗み見て、再度身体を起こそうとしてもやはり動かない。重いのは男自身の身体だった。その身体の周りには明らかに道路の上を転がっただけでは出来ない深い傷から、地面に血溜まりを作っていた。それを見て、男は話し声を聞きながらその顔がこちらを向く前に意識を手放した。
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