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「私、まだあなたに何もしてあげられてないっ! いつもご飯やお弁当作ってくれたりしてるのにっ」
「お礼のお礼など無用です。私はあなたといられて、ただそれだけで幸せだったのですから」
「私はっ、まだ綾人と一緒にいたい! これからも、ずっと!」
「……ご主人様、泣いているのですか?」
「泣いて、なんかっ」
「それが涙、なんです、ね。機械の私に、は、ないもの、です」
「……綾、人? 声が」
「とても、きれい、です」
「やだ、やだよ綾人!」
横たわる綾人の頭を自身の膝に乗せた体勢で、徐々に声が掠れ、途切れ途切れになっていく綾人に、麻智の目が滲む。
「あなたに会えて、よかっ、た。あり、が、と、ござ、……す」
「綾人!」
「――麻智」
最期に、最初で最後の名前を口にする。それを最後に、綾人の瞼は下がり、やがて閉じられ、もう開くことはなかった。
(麻智、ありがとう。どうか、幸せで――)
心の中で紡いだその言葉は麻智に届くことのないまま、綾人の意識は静かに深く深く、沈んでいった。
「あや、と……。そんなっ」
動かなくなった綾人の顔に触れながら、麻智はその閉じられた瞼の上にぽたりと涙を落とす。
「綾人の馬鹿。何よ、機械機械って。嘘つき。……あの日、私が助けたのは、人間だもん。綾人の嘘つき! 嘘つきっ! あんただって今、涙流してるくせにっ、うそつき……」
本物の機械ならば流すことのない涙が、綾人の頬を伝っているのを見て、麻智の目からはさらに涙が溢れてくる。
「というか、私の名前知ってたんなら、最初から呼んでよね。馬鹿綾人」
(もっと名前を呼んでほしかった。もっと綾人のこと知りたかった。綾人の本当の名前、知りたかった)
けれどその望みは、もうどれも叶わない。綾人がどんなふうに笑うのかも、麻智はもう知ることは出来ないのだ。
「私も、あなたと会えてよかったよ。ありがとう、綾人。おやすみなさい」
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