1810

13/13
前へ
/13ページ
次へ
「私、まだあなたに何もしてあげられてないっ! いつもご飯やお弁当作ってくれたりしてるのにっ」 「お礼のお礼など無用です。私はあなたといられて、ただそれだけで幸せだったのですから」 「私はっ、まだ綾人と一緒にいたい! これからも、ずっと!」 「……ご主人様、泣いているのですか?」 「泣いて、なんかっ」 「それが涙、なんです、ね。機械の私に、は、ないもの、です」 「……綾、人? 声が」 「とても、きれい、です」 「やだ、やだよ綾人!」  横たわる綾人の頭を自身の膝に乗せた体勢で、徐々に声が掠れ、途切れ途切れになっていく綾人に、麻智の目が滲む。 「あなたに会えて、よかっ、た。あり、が、と、ござ、……す」 「綾人!」 「――麻智」  最期に、最初で最後の名前を口にする。それを最後に、綾人の瞼は下がり、やがて閉じられ、もう開くことはなかった。 (麻智、ありがとう。どうか、幸せで――)  心の中で紡いだその言葉は麻智に届くことのないまま、綾人の意識は静かに深く深く、沈んでいった。 「あや、と……。そんなっ」  動かなくなった綾人の顔に触れながら、麻智はその閉じられた瞼の上にぽたりと涙を落とす。 「綾人の馬鹿。何よ、機械機械って。嘘つき。……あの日、私が助けたのは、人間だもん。綾人の嘘つき! 嘘つきっ! あんただって今、涙流してるくせにっ、うそつき……」  本物の機械ならば流すことのない涙が、綾人の頬を伝っているのを見て、麻智の目からはさらに涙が溢れてくる。 「というか、私の名前知ってたんなら、最初から呼んでよね。馬鹿綾人」 (もっと名前を呼んでほしかった。もっと綾人のこと知りたかった。綾人の本当の名前、知りたかった)  けれどその望みは、もうどれも叶わない。綾人がどんなふうに笑うのかも、麻智はもう知ることは出来ないのだ。 「私も、あなたと会えてよかったよ。ありがとう、綾人。おやすみなさい」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加