今日という日が特別であったなら

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朝倉先生はそう言ってどこか遠くを見つめた。 12年間も通いつめたこの美術室との別れ…それはまだ幼い僕には想像も付かなかった。 「そうだ。せっかくだから彫っていかない?」 朝倉先生の唐突な提案に、僕らは首を傾げた。 そんな僕らを差し置いて、朝倉先生はどこからか彫刻刀を取り出した。 「卒業記念に彫刻刀で机を好きに彫っていいわよ」 「…え?いいんですか?」 「いいわよ。どうせ、もう誰も使わないんだし…」 朝倉先生から彫刻刀を手渡された僕らはなんだか不思議な気分になった。 普段ならやったら怒られそうなことを先生に勧められる…卒業ならではということか…。 しかし、いざ何かを彫るとなると困ったものだ。 なにを彫ればいいのかが分からないのだ。べつに何か彫りたいことがあるわけでもないし、残したい文字があるわけでもない。 なにを記せば思い出に残るのか、なにを刻めば忘れないのか…そんなものがいきなり思いつくわけもない。 「櫻井、お前はなにを彫るか決まったか?」 「いや。加藤は?」 「俺も分からん」 机をよく見れば、誰が描いたかも分からないくだらない落書きや、名前の書かれた相合傘が散乱していた。     
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