まあいいかを積み重ねて

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一見すると、後者の方法では問題が解決されておらず、なんの変化もないと思うかもしれないが、案外納得してしまえば多少の困難や理不尽など気にならないものだ。精神衛生は全然違う。解決はできなくても妥協できれば問題ないのだ。 その一方で前者の『世界を変える』という方法は茨の道だ。自分以外の他の人を…世界のほんのちいさな一部でも変えることは難しい。なぜならば相手にも事情というものがあるのだ。そしてその事情を紐解いて行くと、今度は別の事情に行き着く。しかもそれが一つとは限らない。その全てを根本の根本的なところまで紐解こうとすると、その事情はねずみ算のように増えていき、やがて変えるべきはこの世界そのものになる。 もちろん、相手の事情など気にせずに暴力や権力に訴えて無理やり変えることも可能だろう。…まあ、それほどの力があればの話だが…。 それに比べて『自分を変える』という方法はどうだろうか?。 自分のちっぽけなプライドや、価値観、あるいは時間や労力を費やせば大体のことは順応できる。妥協できる。納得さえできれば『まあいいか』と思える。 世界を変えることにくらべれば楽だ、圧倒的に楽だ。 そう思えるようになってからは些細なことでイライラしなくなった。寛容的になった。生きやすくなった。 正直、この楽さを知ってしまえば、もう『世界を変える』という馬鹿らしい選択には戻れない。 だから自分を変えられない人は愚かだ。 あの時の姫浦だってそうだ。     
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