第1章

2/27
前へ
/27ページ
次へ
 なぜ廃屋の写真を撮るようになったのか、と言われれば、別に廃屋じゃなくてもよかった、ということになると思う。  子供の頃から「及川美月は天才的に頭が良い」ということになっていた。もちろん、頭が悪いということはなかったのだけれど、たとえば小学生の間は(普通の公立小学校だ)ほとんどのペーパーテストで100点を取ってはいたし、中学に上がってからもだいたい80点以上の点数は取りつづけていたから、人並み以上には勉強に適性があったことはあったのだろうと思う。でも、それが天才的と言えるかというと別にそんなことはないし、事実わたしは別に天才ではなかった。実際、わたしよりもテストの点数が良い子はいくらでも、いくらでもってことはないけれど、いくらかは居た。それでも他の子たちは別に「天才的に頭が良い」とは言われはしないのに、なんでわたしに限ってそんな評判が立つかというと、要するに見た目の問題のようだった。  背中まで長く伸ばした黒髪は量も多いしくせがあってまとまりが悪いから、ふたつの三つ編みにして垂らしていたし、病的に色白で分厚いレンズのぐりぐり眼鏡をかけていて、あとは白衣を羽織って変な色の液体が入ったフラスコを振っていれば、みんなの思い描く理想的な「頭のおかしい天才」そのものの見た目だった。だから「頭のおかしい天才」ということになった。そういうことらしい。  頭のおかしい天才には頭のおかしい天才なりの所作というのが求められるのだけれども、わたしは別に天才ではなかったから天才方面で真正面からその期待に応えることは難しかった。それで、「頭のおかしい」のほうに救いを求めることにした。だから廃屋の写真を撮り始めた。廃屋が好きだからとか、廃屋が気になったからとかではなく、誰も廃屋になんて注意を払っていなかったから、それを写真に撮ることにした。他の人たちと一緒にやるような趣味だったり、競い合ったりするような趣味ではなく、自分ひとりで逃げ込める趣味が必要だったのだ。もともとは、ただそれだけの話だった。  わたしはイワシの缶詰です。  「おはよー美月!」
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加