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 そして僕は、いつもと同じ帰り道の途中、いつものようにくらげさんの畑の前を通りかかった。 「ねえ、あんた」  鍬を持った彼女が、額の汗をぬぐって僕の方を見た。 「これ持っていきねの。ほら。これ」  突き出された手には、あの時と同じジャガイモが乗っていた。黒い土がついているものの、その実は白く若々しい。 「新じゃが採れたで。うまいよ。ほら。これ」  汚れた作業服で、くらげさんは無邪気に笑いかけてきた。喪服として着込んだ制服姿の僕に。もとより自分ものではなかった母を、永遠に失った僕に。 「いらないよ、そんなもん」  撥ね付ける勢いで、僕は口を歪めて言った。 「採れたてやから。新じゃがやで」 「自分で食えよ。しつこいんだよ」  モヤモヤとした胸が、少しスッとするのが分かった。頬がひくついている。脳裏に、母やくらげさんを罵倒している時の祖母がよみがえった。 「こんなようけ、食べきれん」  変わらず穏やかな顔でくらげさんが答える。 「子供と孫がいるんだろ」 「みいんな、おらんくなってもうた」  そう語るくらげさんは、いまだ柔らかい表情のままだ。なぜか僕の方が、背筋に冷たいものを感じる。 「……なんで」 「嫁の実家に行ってもうた」  思わずため息をつく。なんだ、そんなことか。あんな言い方をされたら、みんな死んだかと思うじゃないか。それとも、そう考えてしまうのは葬式帰りだからか? 「時々は来るんだろ。そんときに押し付けろよ」 「もうめっきり来んねえ」 「正月は来ただろ?」 「来んねえ」 「ゴールデンウィークとか盆は?」  くらげさんは、笑顔で首を振った。触手に似た白髪が、肩からはらりと前に垂れる。 「――なんでだろうねえ」  ゆったりとした声が、やけにくっきりと耳に響いた。目を伏せたくらげさんの笑みが、とても脆く頼りないものに見える。空は濁ったままだ。今にも降り出しそうで、そしてその場にいるのがいたたまれなくなって、僕は二個目のジャガイモを受け取ると、またしても走って帰った。  帰宅した僕は、母の葬式などなかったかのように振る舞う祖母にくらげさんのことを訊く。  くらげさんの息子夫婦は離婚し、親権を嫁に取られた息子が家出したまま今も戻らないことを、祖母は口を歪めて語った。
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