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人けのない道を歩きながら、傘をくるくると回す。黒々と光る濡れたコンクリートは、さざ波の立つ夜の海に似ていた。
畑が見えてきた。しかし案の定というべきか、人影はない。そりゃそうだ、雨の日に土いじりなんて普通はしないだろう。
「うおっ!」
突然、濡れた緑の茂みが動いた。さらに歩み寄ると、ジャガイモの畑から、くらげさんが立ち上がったところだった。灰色の空が冷たい雨を降らせる中、透明の合羽を着た彼女は、大事そうに手に何かを乗せていた。
ちらり、とくらげさんが振り返る。
雨で流れ落ちてしまったかのように、その表情から温かみが消えていた。目の光も鈍い。やっとというような鈍重さで、よたよたと僕のそばまで歩いてきた。
「……あ」
あの花だ。
掬い取るように彼女が持っているそれは、僕の庭に咲いているものと一緒だった。黄色く尖った花芯。白い花弁。けれど、可憐で美しかったはずの花は今、べっとりと泥がついてひしゃげている。
「それ、ジャガイモの花……?」
目の前で、重い足どりが止まる。伏せられた目が、やっと僕に焦点を結んだ。
「むしられてしもうた」
まるで答えになっていない返答は、それだけ彼女がショックを受けているということなのだろう。
「誰が……なんで?」
「――なんでだろうねえ」
あの時も聞いた、妙に響く言葉。だけど今は寂しげな笑顔すらない。くらげさんは本当に、心当たりがないのだ。訳が分からず見舞われた災難に立ち尽くしている。ひっきりなしに打ち付ける雨が、涙のように顎から垂れていた。
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