――あるいは、盲目の魚

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***  深海魚とクジラの親子は、午後八時に帰っていった。上機嫌で帰宅した妻と、ソファで寄り添うように座る。互いに今日の出来事を語り終えると、何とも言えない満たされた気持ちになった。子供はいなくても、それでも俺にとっては、暖かい家庭がここにある。 「なあ、綾香」  俺は自然と、今まで怖くて言えなかったことを口にしていた。 「子供……欲しいか」  彼女はくすりと笑って、頭を俺の肩にもたれ掛からせる。 「前も言わなかったっけ? あなたがどうしてもって言うなら手を尽くすけど、私は別にどっちでも良いの」 「両親は何か言ってこないのか?」 「言ってきたとして、それを理由に作っちゃあ子供が可哀想よ。親孝行の道具じゃないんだから」  子供を望まないわけではない。しかし、俺も綾香も、二人だけで充分に幸せだ。だとすれば、何を思い悩む必要があったのだろう。  ――ほかの魚と比べるからだと思いますよ。  壮太の言葉がよみがえる。俺は周りばかり気にして、自分の気持ちを見失っていた。比べなければ、目を閉じて心の声に耳を傾ければ、そこに不幸はなかったのだ。 「綾香。……愛してるよ」  妻の頭をそっと撫でる。それだけで、俺は幸せになれる。 「当たり前よ。だから私たち、結婚したんでしょ?」
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