1.パティシエと妄想パパ

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 池袋駅の、待ち合わせ場所のメッカ、イケフクロウ。いつも沢山の人が待ち合わせをしている。地下なので雨が降っても大丈夫だし、便利な位置にあるからだろうか。  放課後、部活動をしていない僕と碧は、イケフクロウのある地下に降りる東口の階段の上まで来ていた。SNSのフォロワーさんに本を借りるので、イケフクロウで五時に待ち合わせをしているのだ。 「そろそろ五時になる。下に降りようかな。碧はここで待ってる?」 「待ってる。で、目印って何にしたの?」  僕はスクールバッグから文庫本を取り出した。角川文庫版『ドグラ・マグラ』上巻だ。フォロワーさんはその下巻を手に持っているはずだ。あとこちらの容貌は制服姿とだけ伝えてある。相手はカーキ色のジャケットを着ていると教えてもらった。 「すぐ戻るから」  イケフクロウの周りは、待ち合わせの人たちと通行人でごった返していた。僕は一人でイケフクロウを一周するようにぐるっと遠巻きに廻ってみた。  カーキ色が視界をかすめた。イケフクロウの右側に見たことのある人が文庫本を開いて佇んでいた。あの人は……! 「坂井さん!」  昨日デパートの階段で衝撃的な出会いをした坂井さんが、カーキ色のジャケットに、『ドグラ・マグラ』下巻を持ち佇んでいた。僕の声に気づいて顔を上げる。 「あれー? 明樹くんじゃないか! からだは大丈夫だった!? 痛いとこない? 昨日は本当にゴメンね。お母さんはタルトで了解してくれたかな……?」 「フルーツタルト、すごい喜んでました! あの、坂井さんてもしかして……decagonさん……ですか?」 「ははは、まさか明樹くんがフォロワーさんだったとはね。本当に世の中は思っているより狭いんだなぁ。昨日からそんなことばかりだ」 「ほんとですね。運命の出逢いですよ、きっと」 「ははは、明樹くんはかわいいこと言うね。あ、約束の本持ってきたよ。返すのはいつでもいいから。その時はDMして」  渡されたハードカバーの四六サイズの本を、僕は受け取ると大事に胸に抱いた。 「ありがたく読ませてもらいます! 昨日、「新本格」って単語を使ってるのを聞いて、もしかしたら坂井さんはミステリファンなのかなって思ってたんです。でも聞くタイミングを逃して。なんか初対面でも初めて会った気がしなかったのはSNSでの文章と、実際の話し方が一緒だったからかな」
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