53人が本棚に入れています
本棚に追加
『あの短編集読みました。密室物はやっぱりおもしろいですね。必然性を持たせるのは大変だけど、そんなことよりトリックのアクロバティックな感じがもうたまらないです』
スマホでSNSのアプリを立ち上げ、フォロワーにリプライを打ち込む。
相手は多分男性だと思う。何度もやり取りをしている人で、フォロワーの中では親しい部類だ。身元も性別もわからないSNSで、僕は身近にいる人たちより気軽に話ができてこの距離感が心地よい。
僕は母子家庭で育ち、生まれた時から父親がいない。結婚をしていない母が、子供がどうしても欲しくて精子バンクを利用し、人工授精で僕を身ごもったと母親から打ち明けられた。婚外子というらしい。祖父は生まれる前に亡くなっていたし、祖母は近くに住んでいるので小さいときは面倒をみてもらっていた。
生まれた時から父親がいない環境は、小さい頃の自分にはあたりまえでしかなかったのだが、保育園に入園するとそれがかわいそうなことなのだと否が応でも自覚した。父子家庭、母子家庭は珍しくはなかったが、父親の顔を知らないのは自分だけだった。子どもながらに自分の世界は普通の子どもたちの半分しかないんじゃないか……そんな漫然とした不安を感じていた。
送り迎えに来るパパや、運動会やクリスマス会を見に来るパパ。僕にはいない存在。母親も仕事が忙しく保育園は祖母に送り迎えをしてもらっていた。
そんな自分が、いつの間にかいないはずの父親を空想するようになった。妄想と言った方が正しいかもしれない。
小学校に入学したての頃、祖母の家で母の迎えを待つ間祖母と見ていたドキュメント番組で、世界的なパティシエのコンクールに出場する日本チームに密着したものを放送していた。日本チーム三人の中で一番若い男性のパティシエが手品のように飴細工を仕上げていく。最初は白い粘土のような飴の塊が色を付けられ練られてどんどん色が変わり、引き伸ばされて、練られて、だんだんつやを帯びてピカピカに光を反射して、飴とは思えないほど薄くなりリボンの束に細工されていった。
子どもながらに、魔法のような職人の作業に目を奪われ、テレビの画面に釘付けになった。博識の祖母が「あの飴は熱いうちじゃないと細工できないんだよ。お風呂よりも、ばあばが作るココアよりも熱いんだ。子どもはマネしちゃだめだよ」と教えてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!