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別にエレベーターに乗っている女性たちは自分のことなんて気に留めてもいないんだろうけど、自意識過剰な思春期の自分は人の目がやんわりとした空気の締め付けのように感じて、逃げるように楽な方に流れてしまうのだ。
「ミステリだったらこういう階段で駆け下りてくる犯人とワトソン役がぶつかって凶器が転がったりするけど、そういえばこの前読んだ作品に今いる階を錯綜させるトリックが」
考え事をしながら人気のない階段をのんびり上がっていると、パタパタと足音が聴こえてきて、すごい勢いで駆け下りてるんだな……と感知するかしないかの瞬間、肩にすごい衝撃を感じて体が浮いた。一瞬後には目の前に踊り場の天井が広がっていた。
「うわあああー!」
「えっ!?」
腹に衝撃と重みを感じ、息が止まる。胃が圧迫され「ぐえっ」っとヒキガエルのような声が出てしまう。
「わっ! おい、生きてるか!?」
体の上から声が聞こえる。重みが消えてなんとか体を起こそうとするが痛みで動けない。
「慌てて起きない方がいいぞ。骨折れてないか!?」
床に転がっている僕の腕や足を声の主は触って点検していく。どうやらこの人とぶつかって階段を数段落ちたらしい。
「だ、だい……じょうぶ、ですから」
照明に眩みながらもゆっくり瞼を上げると、白いコックコートを着た二、三十代の男性が心配そうに顔を覗き込んでいた。
起き上がろうとすると、手を差し出された。さっき考えていた犯人との接触を思い出し一瞬躊躇したが、その手をとり引き起こしてもらう。
大きな手。骨ばっているけどキレイな指だ。
「ゴメンな。私が前方不注意だった。背中とか痛めてないかい?」
その大きな手で僕の制服に付いた埃を軽くはたいて落としてくれる。
「たぶん大丈夫だと。青あざとかはできるかもですが」
「ほんとゴメン! 今超急いでて、あと1時間くらいで終わるから、よかったら待っててくれれば送ってくよ。親御さんに事情も説明したいし、医者とか行った方がいいかな!?」
慌てふためく大人の男性がなんだかおかしくて、思わずくすっと笑ってしまう。
「僕は大丈夫なんで、先を急いでください」
「ほんとにほんとに大丈夫!? あ、そうだ、これ名刺! 私はここの7階のキッチンスタジオにいるから何あったら」
「わかりました」
申し訳なさそうに会釈するとコックコートの男性は下の階へと駆け下りていく。
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