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「びっくりしたな。けっこうイケメンだったしこれが少女漫画だったら運命の出会いとかなんだろうけど。あ、抹茶あんみつがっー!」
母のお使いの抹茶あんみつの蓋が開いて箱の中でぐちゃぐちゃになっていた。
「ああ…………。どうしよう。弁償懸案かも」
買い替えるほどお金も残っていない。自分が悪いわけでもないのだから弁償を要求するのは当たり前なのだが、そういうやり取りには慣れていないので気が重い。散々迷ったが、やさしそうな人だったしここで働いている人なら大丈夫かも、とキッチンスタジオのある七階に今度はエスカレーターで足取りも重くゆるゆると向かった。
「七階とか初めて来たな」
リビング用品とかの売り場のあたりをウロウロしていると、オープンスペースなキッチンスタジオが目に入った。ほぼ女性の参加者がずらっと椅子に座ってメモを取っていた。二十人くらいいるようだ。
「予約制なんだな。えと、パティシエ坂井幸太、季節のフルーツスイーツ……。ゲストパティシエ古澤勇人、どっちの名前がさっきの人だろう。どっちにしろパティシエなんだ、あの人」
コックコートのさっきの男性が、ケーキかムースの土台みたいなのに飾り切りしたフルールをデコレーションしている。もう仕上げの段階のようだ。顔を上げた時に僕に気が付いたのか、目が合うと彼はにっこり白い歯を見せて笑い、持っていた刷毛を振って合図してきた。僕は慌てて会釈する。すると女性たちが一斉に僕を振り返った。
「!?」
急に向けられたたくさんの視線に、意味が分からず僕は固まってしまう。
さっきの人の隣に、もう一人のパティシエが姿を現した。屈んで調理台の下から何かを取り出していたらしい。
「!?」
まさか……でも……あの人だ! 子供の頃見たドキュメント番組に出ていた飴細工のパティシエ。妄想のパパ。あの当時よりはそれなりに年齢が上がっているはずだが、若々しい見た目と彫の深い甘いマスク。コックコートの上からでもわかる筋肉質な体躯、背も高い。
「パパ……」
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