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生き別れた父親にでも再会したかのように、自然と涙が溢れてきた。妄想のパパとは色んなシーンを妄想してきた。一緒にヒーローごっこしたり、読み聞かせしてもらったり、お風呂では水鉄砲で遊んだり、肩車してもらったり、腕にぶら下がったり、遊園地に連れて行ってもらったり、キャッチボールをしてもらったり……数えきれないパパとの妄想が僕の中には蓄積されていた。まるで現実であったかのように。そのパパがすぐそこにいる。
胸が苦しくなり、息が詰まる。本当の父親じゃないのに! 子どもの妄想なのに! 自分に欠けている父親というピースが思っていたよりも大切なものだったと思い知った。
妄想のパパに逢えたからって何泣いてんだ! 僕は! 高校生にもなって! 馬鹿か!
強がって、動揺し狼狽える自分を心の中で叱る。手の甲で涙を拭う。鼻水も流れてきたのでポケットのティッシュで鼻をかむ。少し冷静になると、女性参加者全員の視線が僕に集中していることに気づいた。
「わっ! なんでもないですっ! すみません!」
顔が赤くなる。慌ててその場を離れようと方向転換した。
「大丈夫ですか?」
客席の後方にいたアシスタントの女性スタッフが僕に気づき、声をかけてきた。肩をそっと叩かれバックヤードに連れていかれる。
進行のジャマしちゃったからかな。怒られるのか?
「坂井先生か古澤先生のお知り合いの方ですか? もうすぐ終わりますからこちらでお待ちくださいね。お客様たちが興味津々みたいなので、ふふ」
「す、すみません。おジャマして!」
精一杯、頭を下げる。でも……元はと言えばあのパティシエが悪いのでは……? でもあの階段での衝突がなければ妄想パパに逢うこともなかったんだな。不思議なめぐり合わせだ。
「大丈夫ですよ。坂井先生は人気があるので、あそこにいると皆さんの質問攻めになってしまいますから」
椅子に腰をかけて、直接見えない二人のパティシエの声だけを聴きながら、持っていたミステリの文庫本を読んで待つことにした。
「お待たせしました! さっきはごめんね! 怪我大丈夫だった!? 医者行くかい!?」
読書に集中しているうちに一時間近く過ぎていたらしい。講座が終わってパティシエ二人がバックヤードに戻ってきた。
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