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ねずみ色の雲に覆われた空の下よりもまた一段と明りの薄い昇降口の隅には、下駄箱に隠れるようにしてゴミ箱が設置されている。それは先週末、私たち美化委員会が置いたものだ。私は登校途中に拾った空のペットボトルをそのゴミ箱に捨てた。500mlサイズのペットボトルで、ラベルには青い字で「Talking Rain」と書かれていた。それを捨てた拍子に、カランとむなしい音がゴミ箱の中で響いた。その音は雨降りの月曜日の朝にふさわしいような気がして、挨拶運動によって害された私の気分は少し回復した。私は誰にも聞こえないように「カラン」と小さく声に出した。
2年1組の教室のドアをがらりと開けると賑やかなクラスメイトの声が耳を突いた。多くの生徒や机でごちゃついた教室内を縫うようにして進み、中央列の後ろから2番目の自分の席まで何とかたどり着く。学校指定の黒い鞄を焦茶色の机の上に置き、椅子を引いて腰を下ろす。ほっと一息ついたところで世界が暗転した。
「だーれだ?」
後ろの席からいたずらっぽい声が聞こえる。
「朝から元気ね。学級委員さん」
私の視界を覆う小さな手をどかして振り返ると、おなじみの前下がりのショートボブが顔の動きに合わせてさらさらと揺れている。
彼女の名前は高岡彩。低い身長と、女子としては短めの髪のせいで、遠目にみると小学校高学年の男の子みたいに見える。私と同じ牧村小の出身だ。現在は私たちのクラスの学級委員を務めている。あらゆる面で優秀だがそれを驕ったそぶりは一切なく、朗らかな性格で誰からも愛されている。クラスで席替えがあればいつも彼女の隣の席を巡って争いが起こる、そんなような人物だ。
「シャロが朝からため息なんかついてるんだもの。もしかして恋でもしているの?」
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