0人が本棚に入れています
本棚に追加
「あんたもサボり?」
その声が自分に向けられたものだと気づくのに、少し時間を要した。
おそるおそる顔を上げると、そこには金髪の青年が興味深そうな笑みを浮かべて立っていた。赤いパーカーの上にブレザーを羽織っている。どうやら彼も高校生らしい。
「そう」
口の中のクリームパンを飲み込んで頷くと、彼は満足げに首を三回縦に振った。
「高校どこ?」
私は顔をしかめた。私にとって自分の通っている高校は、その名前を口にすることすら嫌な存在だ。そもそもこの男子は、どうして私なんかに話しかけてきているのだろう。不審に思って口ごもっていたら、彼は言葉を付け足した。
「見慣れない制服だなって」
そうだ。学区外ではこの制服も効力を持たない。その事実に心躍る自分と一緒に、何処か残念に感じている自分がいるのが嫌だった。学区内一の偏差値を誇る進学校の制服は、その地域内ではとても強い鎧となる。その鎧を身につけていれば、人々の見る目が変わる。とかくちやほやされる。それが嫌だったけれど、やっぱりそれに安心感を抱いている自分もいるのだ。そして、そんな自分自身のことが嫌いだ。
「稲竹だよ」
極力感情をこめないように努めて、その高校名を口にした。男子生徒の方は興味なさげに相槌を打った。
「ふうん」
興味がないなら訊くなよ。そう思ったものの、とりあえず学校名を聞くのは初対面の学生による会話のテンプレだから、こちらも訊いてみる。
「そっちは?」
鮮やかな金の前髪を指でいじりながら彼は答えた。
「富吉」
「なんとなく聞いたことある気がする。それってここからどれくらいなの?」
「電車に乗って三十分。そっちは?」
「ここからなら本線に乗って一時間くらいかな」
彼は私の高校についての話はここで切り上げ、次のテンプレに移った。
「これからどうすんの?」
私の予定なんて訊いてどうするんだ。彼に対しての不審感がいっそう積もっていく。話の内容はもちろんだけど、ど派手な金髪や制服の着こなし方、馴れ馴れしい口調にも警戒心を煽られる。
「どうしよっかな」
私がそう誤魔化すと、彼は両手を広げて、声のトーンを少し高くして、一つの提案をしてきた。
「だったら、どこか行きたいところはない?」
どうやらこれが本題だったらしい。先ほどとは比べものにならないほど楽しそうで、瞳が輝いている。
最初のコメントを投稿しよう!