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駅の構内には、窒息しそうな現実を痛感させる喧噪が響きわたっている。
そんな中、彼は現実を跳ね返すように不敵な笑みを浮かべている。
「あるっちゃあるかな」
私は素直に答えた。本当は今日電車の中で自主休校を決めたとき、そこへ行こうと考えたのだ。でも、なんとなく一歩を踏み出すのが怖くて、駅を回って、ベンチに座っていたのだ。これからどうするのか訊かれて、どうしようと答えたのは、半分嘘で半分本当だった。彼は私の返答にガッツポーズをとった。
「よし、じゃあ、今日はそこへ行こう」
「あんたが行くの?」
「二人で一緒に行くんだよ」
その言葉に、不審感が増したばかりか身の危険すら感じた。こんな喪女に何をするってこともないだろうけど、怖いものは怖い。もう警戒心を丸出しにして口を尖らせた。
「なんでよ」
彼は肩の力を抜いて、息を軽く吸った。
「俺、この辺り遊びつくしちゃって、もうやることないんだよね」
私はその言葉を信じた。彼がサボり魔であることは充分伝わってきていた。この駅周辺は俺の庭って雰囲気ある。彼はまた両手を広げて、続けた。
「だからたまには、普段会わない人と普段行かない場所に行ってみたいんだよ」
その言葉が本当か嘘か、私にはわからなかった。でも、嘘くさいな、とは思った。けど、私は頷いていた。もうどうにでもなってしまえばいい。
「わかった。行こう」
「いいの?」
彼は意外なことに、きょとんとしていた。私はそんな彼の反応を鼻で笑った。
「そっちが言い出したんじゃん」
クリームパンを一口齧って、視線を遠くへ向けた。相変わらず改札を出てくる人、入る人、どちらも早歩きで余裕の一つも感じられない。みんな無彩色のスーツや制服を身にまとっていて、素っ気ない。
でも、ひとりじゃなくなったからだろうか。もう人の目は気にならなくなっていた。
「そうだよな、言い出したのは俺の方だもんな。で、どこに行きたいの?」
私は極力感情を表に出さないように努めて、その町の名前を口にした。
「広栗町」
私はスカートのポケットからスマホを取り出した。
「ここから西央線の快速で四十分くらい」
クリームパンを袋に戻して膝に置き、スマホでインターネットを開いて、時刻表を見せた。彼がスマホを覗き込んでくる。
「オッケー。次の列車まで五分もないじゃん。もう行こうぜ」
「うん」
私はクリームパンを鞄に入れ込んで、立ち上がった。
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