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「実は私も絵を描いていたんです。若い頃の話ですけど。」
「え、そうなんですか。」
そんな話は初耳だった。
「そんな大したものじゃないんですけどね。漫画家になりたかったんです。私。」
そう言って彼女はとなりに座った。
「高校生のときから出版社に応募したりしてました。でも結局漫画家にはなれなくて。実家の花屋を継ぐのをきっかけに諦めちゃいました。」
そう言って彼女は空を見上げた。
「夢を持ってる人って、きっとどこかで決断しなきゃいけない時が来ると思うんです。このまま夢を追いかけるのか、それとも諦めるのか。そしてほとんどの人は、きっとそこで諦めちゃうんです。」
オレンジ色の陽の光が彼女の横顔を照らしていてとても綺麗だった。
「原田さんにもそういう時があったでしょう。でも諦めなかったから、続けていたからこんなに素敵な絵が描けるんですよ。少なくとも私は、原田さんの絵が大好きです。だから絵を描くのやめるなんて言わないでください。」
寂しそうに微笑む彼女にどう返せばいいのかわからなかった。
彼女は立ち上がってワンピースをぱんぱんとはたいた。
「じゃあ私もう行きますね。またこの公園で会えるの楽しみにしてますから。」
彼女が帰った後もおれはしばらくベンチから離れなかった。
このまま彼女の言葉にすがって絵を描き続けるのがいいのか。きっぱり諦めたほうがいいのか。今のおれには決められそうにない。
決められないのなら、もう少しだけ続けてみよう。もしかしたら後悔するかもしれないけど、でもおれの絵を楽しみにしてくれている人がいるのなら、まずはその気持ちに応えよう。
そうだな、次は花の絵でも描こうか。
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