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1.涙が出るのは
「っくしょん!」
三月のはじまりとともに猛威を振るいだした花粉のせいで、朝からくしゃみが止まらない。
「あら、ちょっとほこりっぽいかしら。」
「あかりさん、おれが花粉症なの知ってるでしょう。」
今日は恋人のあかりさんの家で荷物をまとめるお手伝いをしている。
一年以上通いつめたこの部屋は、もはや自分のワンルームよりも落ち着く気がする。
あかりさんはサークルの1つ上の先輩だ。いや、正確にはもう引退しているから「先輩だった」というべきか。
新歓のときからよく二人で遊んでもらっていて、普段はさばさばしているのに意外と面倒見がよかったりするあかりさんに、もともと年上がタイプだったおれが惚れるのは仕方がないことだと言えるだろう。
おれが二回生のときの秋に告白して付き合って以来、おれの下宿が大学から二駅ほど離れているのもあって、よくあかりさんの家にお邪魔していた。
たくさんの思い出が溢れているこの部屋に来るのも、多分今日で最後。
あかりさんは春から地方の商社で働くことが決まっていた。
会えない距離ではないが、今まで当たり前のように一緒にいたから寂しくないはずがない。
思えばいつもおれからだった気がする。あかりさんはクールだし、恋愛に関してはどちらかといえばあっさりしていたから、電話をかけたり家に泊めてもらったり、あかりさんの気持ちを引き留めるのにいつも必死だった。
春からはなればなれになるってこと、あかりさんはどう思っているんだろう。新しい土地で新しい出会いがたくさん待っているんだろうな。そうやっておれの知らないあかりさんが増えていくと思うと目頭が熱くなってきた。
「あかりさん、おれ会いに行きますから。どれだけ離れていても絶対会いに行きますから。待っていてくださいね。」
あかりさんは困ったような笑みを浮かべてそっとおれの頬を撫でた。
「そんなに心配しなくてもちゃんと待っているから。だから、そんな悲しい顔して泣かないで。」
おれは精一杯の笑顔を作ってあかりさんを抱き寄せた。
「おれが花粉症なの知ってるでしょう。」
窓から入ってくる日差しがやけに眩しく見えた。
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