1 見知らぬ犬、もしくは館山すみれの懺悔

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1 見知らぬ犬、もしくは館山すみれの懺悔

 いつから私は人生を踏み外したのだろうか。  そう思いながら見慣れた道を歩く。見知った標識、行き慣れたコンビニ、顔見知りのご近所さん。そういうものを瞼の裏に焼き付けながら一歩ずつ大切に歩く。もしかしたらもう二度とここを歩くことはないのかもしれない。いや、歩く必要はないから、きっとこれが最後だ。  そうか、最後か。ああ。早かったなぁ。この街で私は何年暮らしたんだろう。四年、五年。いや、もっとか。そうか。なんだ、思ったよりも長かったな。私の人生の、多分四分の一くらいはこの街で暮らしていた。最初は自分だけがぽつんと浮き上がっているように感じていた。でもいつの頃から、自分もこの街の一員なんだなぁと思えるようになって、ようやく心から息をつけるようになった気がした。  重たいトランクを右手で引っ張りながらひたすらまっすぐな道を歩く。ゴロゴロと耳障りな音を聞いていると、なぜだか涙が出そうになった。まだ朝日も登っていない、誰も歩いていない道はどこか優しい。足元から駆け巡ってくるひんやりとした涼しい湿度が、くるりと足首に巻き付いた。 「バスに乗ればよかった……」  自分が吝嗇家だと自覚しているけれど、こういう時くらい二百十円払えばよかった。いや、まだこの時間だとバスも走っていないか。こんなに重たい荷物を持っているというのに。きっとこのままだと右手がひどい筋肉痛に襲われるだろう。それでもいい。寝ても起きても四六時中シクシクと痛むこの胸に比べたら。一日二日で消えてしまうこの痛みなんて。こんな、痛みなんて。  涙なんて出てこやしない。
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