1 見知らぬ犬、もしくは館山すみれの懺悔

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「館山さんは器用貧乏なんだね」と、かつて彼に言われたことがある。あれは一体いつだったろう。就職して半年経つか経たないかといったくらいだった気がする。相変わらず残業ばかりで家には帰られず、それでも隣には彼がいるからそれでもいいかと思っていた時のことだ。納品の締め切りが次の日だというのに、渡されたのはその日の午後というあまりにひどい仕打ちに、上司への愚痴を漏らしながらキーボードを叩いていた。  コンビニで彼が買ってきてくれたおにぎりや味噌汁を腹に詰め、ウンウン言いながら仕事をしている時に、彼がそう言ったのだ。 「器用貧乏、ですか」 「そう。言われない?」 「どうだろう。あんまり言われませんね」  大学の友人からはいつも「すみれはなんでもできるね」と言われていた。勉強もテストも受験だって、何事もそつなくこなすと思われていた。それはそうかもしれない。それなりに苦労はしてきたけれど、周りの友人たちを見ていると私は作業効率がよかった。それに、苦労している姿を隠すことが上手だったのもあるかもしれない。  上手に休んで上手に手を抜いて、それできちんと評価をもらっていた。ヘトヘトになって倒れるなんてことはなかったし、わりかし好きなことをやっていたようにも思える。しかしそれは、裏を返すとどれにも熱中できなかったのだ。寝る間も惜しんで熱中できる何かというものが、私にはなかったのだ。 「器用とは言われますけど。貧乏なところってありますか」     
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