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褒められたわけではないと思い、少し不機嫌になってそう聞き返した。彼は困ったように笑いながら「そういう切り返しをしてくるところだよ」と答えた。なるほど、彼にとって私のような人間は器用貧乏なのだろう。なんでもできるから色々押し付けられる、程度の意味だったのかもしれないけれど、残念ながらその時の私は恋に浮かれていた。そんな些細な言葉に、まるで自分のことをよく見てくれているのだと勘違いして舞い上がってしまう程度には。私は、恋に恋をしていた。
それでも彼の指には銀色の指輪がはめられている。彼の口から直接そういう話は聞いたことがなかったし、こんな職場だ。あまり家には帰っていないのだろう。だって一日の大半は私と過ごしているのだ。寝るためだけに帰っている先にいる女性と、働くために訪れる場所にいる私。それならきっと、私の方がよほど彼のことをわかっている。
そんな勘違いを抱えたまま、私は日々を過ごした。その間、私は何度彼のことを夢見ただろう。何度いたずらめいたことを空想しただろう。人の不幸を願い、自分の幸福を願っただろう。夢の世界でなら彼を独り占めできる。それだけが私の楽しみで、私の癒しだった。
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