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私にとって、彼のことが好きなのは当たり前のことだった。だって毎日同じ感情を抱えて生きているのだ。彼のことを好きじゃなかった時なんて一秒もない。だから疑問に思われるようなことは何一つないと思っていた。
昔のシャンソンが店内に悲しく響く。その音が、やけにうるさいと思った。
「だって相手の方はご結婚してるんでしょう?」
「そうだけど。でもあんまり家に帰っていないみたいだし」
「でも法律上は夫婦なのよ。それを自分勝手に壊すなんて」
ゆりちゃんが真面目な顔をしてそう言った。彼女はいつだって正論を言う。自分のことを頭が悪いと言うけれど、それは自分の感情をうまく理論化できないからだ。彼女が抱く感情に、間違いはない。良いものは良い、悪いものは悪い。その判別はいつも明確で、いつも鋭利だった。
彼女は空になったエスプレッソのカップを置いて、私の方をじっと見た。切れ長の目が、スッと持ち上がっていた。
「私は、誰が誰を好きになってもいいと思ってる。感情に良いも悪いもないと思うの。でもね、すみれちゃん」
「何よ、だったら」
「だったら彼のことは許されるでしょう、って? それは違う。誰かを不幸にしてまで得られる幸せなんて、そんなの虚構に過ぎないでしょう」
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