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ふと顔を上げると、もうそこは神田だった。いつの間に時間が経っていたのだろう。次は終点だし、私はそこで降りなければいけない。空は覚えているよりも随分と明るくなっている。しかし雲が厚く太陽を隠していた。スッキリしない空だなと思い、結局一ページも進まなかった文庫本をカバンにしまった。
結局彼とは、何も起きなかった。何かする勇気もなかった。彼女たちの言葉に押し留められたというものある。だが、それよりも何よりも、彼にはこの冬、生まれる子供がいる。その報告を受けた時、ああもう私は彼のことを好きではいられないと思った。結局これほどまでに私と一緒にいても彼は契約上の女を好きでいたし、そういう関係を結んでいた。
子供ができるんだと聞かされたのが今年の六月で、その時点で私は辞表を書いた。もうこれ以上ここには居られなかった。居ても苦しいだけだった。他の女を抱いた男の隣に居続けるなんて。私には無理だった。
あれほどまでに燃え上がった恋の情熱は一瞬で消え去り、それ以上の何もかもを望むことはなかった。それまでこの世界に一つだけ輝く星だと思っていたその人は、いつの間にかどこにでもいる人間になって居たのだ。
そうして私は、今日この土地を離れる。
彼女たちと過ごした東京を。
彼に恋をした東京を。
私は、すべて捨てて故郷に帰る。
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