2人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ男物の香水を使っていたあの頃。私が高校生だった頃。生まれ育った土地を離れることに、思いの外寂しさはなかった。ようやく田舎から離れて都会にいけるのだという喜びと、これから始まる大学生活に胸を躍らせていた。あたりを見渡しても畑と田んぼばかり。面白いものといえばテレビで流れる虚構めいたテレビ番組だけ。ネットも今ほど発達していなかったから、日々の楽しみは本当にわずかしかなかった。
そんなところから、光り輝く東京に向かう。それは、感動と興奮以外の何物でもなかった。
なんて青臭いのだろう。大学生とはいえ一人の人間が、何も知らない人間が、たった一人で東京に行くのだ。そこに困難があって然るべきなのに。慣れない土地、肌に合わない水、人の多さ。たまに遊びに行く程度なら許容できるものが、毎日自分の周りにあふれているのだ。それで疲れないはずがない。苦しまないわけがない。今になればよくわかる。だと言うのに、あの時の私はまだわかっていなかった。
「住めば都、とはよく言ったものね」
朝早いというのに、駅のホームにはもう何人かのサラリーマン風の人がいた。これから電車に揺られて職場に向かうのだろう。休む暇もなく、なぜ働くか考えもせず、ロボットのように働き続ける。そうして疲れ果てた体をまた電車に乗せて、ゆらゆら揺られて、そうしてここに帰ってくる。あなたはどうして生きているの、と問いたい。生きるために働くのか、それとも働くために生きるのか。それで本当にあなたはいいのか。
自分のことを棚上げして、そんなことを思ってしまう。
最初のコメントを投稿しよう!