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それならそれで別にいい。もうそれでいい。下手に別れを惜しむと長いこと引きずってしまいそうだ。何のために遠いところへ行こうとしているのか。全てを捨てて、また新しくやり直すためではないのか。だったらもう、これ以上胸を詰まらせて窓の外を見続けるのはやめておこう。
「本でも読むか」
肩にかけていた紺色のカバンから、文庫本を一冊取り出す。長い移動だからと思い文庫本とハードカバーを持ってきたけれど、これくらいの距離なら文庫本でちょうどいいだろう。ボロボロになって薄汚れたブックカバーを巻いた薄い本をペラリとめくる。もう何回も読んだ本だ。内容はほとんど覚えてしまっている。それでも、何かある時はいつもこの本を持ち歩いていた。
例えば大学入試の時とか、例えば入社試験の日とか。
例えば、あの人と最後にあったあの夜とか。
私の人生は、いつもこの本と共にあった。
決して誰かを励ますものではない。前向きにさせるものでもない。時に悲しく、時に切ないものばかりだ。それでも私はこの本がないと駄目だった。
「青猫、ね」
その響きに、どこか懐かしい思いがする。私の青春はまさにこの言葉に尽きよう。青猫と共に過ごしたあの日々が、私の人生で一番美しく、輝くものだった。あれこそが私の生きる意味で、決して働くことが全てではないと思った。
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