【本編】

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窓が帰ってきた。流石に向こうが透けて見えたりはしないけれど、代わりに写真を貼ってみた。思い出の写真。コピー紙にプリンターで印刷しただけの写真だけど、濡れても大丈夫なようにラミネート加工してある。飽きたらまた別の写真にすればいい。本日の1枚は、息子が運動会の徒競走で1番を取った時の写真。家族みんなが写った写真でもよかったけれど、これは息子きっかけで動いた大プロジェクトで、大切なことを思い出させてくれた功労者であるからして、この写真は当然である。 「なかなかいいね」 息子が生意気にも言った。私は息子の頭をくしゃくしゃとかいた。休みに慣れないことをやった甲斐があった。しばらくは息子も風呂に入ってくれるだろう。これで3日しか保たなかったら、お手上げである。息子の興味を持続させるためにも、新たな写真が必要だ。だからこれからもたくさんの思い出を作っていかなければならない。とりあえず来週は遊園地にでも行くか、と思いながら服を脱ぐ。 「足、臭い!」 息子が偉大な父親にローキックをかましてきた。脛にクリーンヒットして、裸で悶絶する。今から洗うから勘弁してくれ、息子よ。 鈍痛がようやく引いてきて顔を上げると、息子は父親の渾身のリアクションなど気にもせず、風呂に浸かっていた。少し寂しく思いながら、ふと“窓”を見ると、昼にはなかった文字がホワイトボードに並んでいる。 画用紙にクレヨンで殴り書きしたみたいな拙い『ありがとう』の5文字。目頭が熱くなる。その文字が意味することとかはどうでもよくって、ただ平仮名を書けるようになったことを今、知って、もう。 視界がぼやけるのを湯気のせいにして、スカルプDで頭をワシワシと洗う。
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