【本編】

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辛い思い出だってある。風呂は数少ない1人だけになれる場所だ。トイレも1人になれるが、長居はできない。痔持ちだから、長いこと座ってるとよくないし。理不尽な上司や取引先のやつらに腹が立って水面を殴る。何回も殴る。なんだか無性に泣けてきて、肩を震わせる。ふと目線を横に向けると、同じように泣いてる裸の男がいた。鏡に映った自分。湯気にぼやけた裸の男が泣いてるなんてのはおかしな光景で、それを見ていると、さっきまでの怒りとか悲しさとかはどうでもよくなってくる。窓を少し開けると湯気が逃げていって、代わりに涼しい秋の風が流れ込んでくる。窓のやつに「頭冷やせよ」って言われてるみたいだった。 息子が生まれた。最初は恐る恐る入れていた風呂も段々と慣れてきた頃。息子も風呂に慣れてきて、その気持ち良さに気づいたようだ。うまい酒を飲んで満足したおっさんみたいな薄目でお湯に浸かる息子。柔らかい肌と程よい重さが腕に心地よい。風呂だけでも最高なのに、こんな可愛い息子と一緒なんて、俺は幸せものだなんて思っていると、足に何かがふわりと着地した。湯気とお湯で歪んでは見えたが、それは紛れもなく息子のうんちだった。いくら気持ちが良かろうとそれはダメだぜ、息子よ。妻を呼んで息子を風呂から上げ、うんちをすくい、水を抜いた。窓を開ける。私と妻と両親の笑い声が、窓を通り抜けて、住宅街の夜に響く。
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