第十章

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「雅紀ね、俺が引っ越す時『この部屋、気に入ってるから離れたくないな』って軽い気持ちで言ったら、『じゃあ、怜司さんが戻ってくるまでは僕がここを借りて守っておきますから』なんて言ってさ。あいつの実家すぐ近くなのにわざわざ一人暮らし始めちゃったんだよ。俺もさすがにそこまでしてくれなくてもって思ったけど、改めて考えると、雅紀は雅紀なりに後悔して、何か枷みたいなものを自分に科すつもりだったのかなって」  怜司の言葉に、長瀬ははっとした。学生時代に仲がよかったとはいえ、その後も連絡を取り関係を保ち続けるのは余程気が合っていないと無理だ。ましてや、亀井にとっては自分が裏切った人間だ。一体、何を思い怜司と接していたのだろうか。亀井が何食わぬ顔で笑って、心の中では舌を出すような性分でないことはわかっている。だとしたら、怜司と関わりを持ち続けることは、針の筵ではないか――。 「俺が向こうに引っ越してからは会う機会は減ったけど、メールや電話ではよく話してるし。こっちの舞台で客演することになったって言ったら、すぐに花束持って事務所に駆けつけてくれるし。笑顔の裏でずっと自分自身を責め続けてたのかなって考えたら、ちょっと切なくて」  亀井は、長瀬が声を掛けるといつも小さな肩を震わせ怯えたような表情を見せていた。それだけではない。十日間という短い時間の間にいくつもの表情を見てきた。その全てが長瀬の心に焼きついている。甘い物を頬ばり、少しはにかむように笑った顔も、キスをした時の妙に色っぽい顔も。そして、大きな瞳に涙をいっぱいにため長瀬を好きだと言った顔も。その裏に一体、どんな心情を隠していたのだろう――。     
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