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第一章
ここは、確か駐車場だったはずだ――。
白い外壁が美しい洒落たカフェを横目に身ながら歩く。
少し行った交差点の角には自動販売機。――これは変わっていない。
陽が傾きかけ、辺りが夕闇に包まれてゆくなか、長瀬一真は、思い出を辿るようにして、見覚えのある道を進んでいた。
五年と言う歳月は、街の景色を微妙に変化させていた。実際にここに足を向けるまでは記憶に自信がなかったが、見れば意外と思い出すものだ。道に迷うほどでもない。
そして、この角を曲がれば――。
「あった……!」
当時すでにオンボロだった二階建てのアパートは、取り壊しになることもなく、以前と変わらぬ姿でそこにあった。逸る気持ちを抑えて階段で二階へあがり、廊下を進む。一番奥の部屋がかつての恋人、真崎怜司の住んでいた部屋だ。
玄関の前に立つと、そこには見覚えのある表札がまだ掛かっていた。怜司が、彫金のできる知人に頼んで作ってもらった銅板製のものだ。周囲にアールデコ調の蔦を絡ませた凝った作りで、中央にローマ字でMASAKIと彫り込まれている。ぐっと懐かしさがこみ上げてきて、長瀬は思わず目を細めた。
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