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ノックをしてドアを開けると、奥の窓を背にしてデスクに向かっていた初老の男が立ち上がった。狭い個室ながらもデスクの前にはきちんとした応接セットも設えられている。部屋の主である中川はこの年代にしては背が高く体格も良い。綺麗になでつけられた髪は一部分だけが銀色に輝いている。身だしなみにも気を遣っているのがわかり、なかなかの好人物のようだ。
「君が長瀬君か。本社のほうでの活躍はいろいろと聞いているよ」
欧米式に握手を求められ一瞬戸惑ったものの、差し出された手をがっしりと握り返した。
「恐れ入ります。これから十日間ですが、お世話になります」
ソファに向かい合わせに座り一通りの挨拶をする。その後、本社での仕事の様子や広告業界やIT業界の全体的な景気などに世間話も交え、今後のことについて打ち合わせをした。どうやら中川は相当なおしゃべり好きでもあるらしい。適当に相槌をうちながら、それとなく早く仕事にとりかかりたいと促す。
「じゃあ、そろそろ職場の方に案内するよ」
そう言ってやっと、中川が腰を上げたのは長瀬がここに到着してから三十分ほど後のことだった。中川の先導で廊下を進み、これから一緒にプロジェクトに取り組むメンバーが待つオフィスに入った。パーテーションも何もなく開放的なオフィスにはいくつかのデスクで構成された『島』が並んでいて、おのおのがパソコンに向かい作業をしたり電話応対をしていた。なかなか活気のあるオフィスだ。
「一番奥が君の担当するプロジェクトの『島』だ」
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