第二章

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 長瀬は耳を疑った。昨晩、この男はたしかに自分は「マサキ」だと名乗ったではないか。あれはやはり嘘だったのか。同じ職場にいる事といい、何か作為があると感じないわけがない。怜司との関係を隠すために何か策を弄したのか。思わず睨みつけてしまいそうになるのをなんとか堪えてその場を穏便にやり過ごした。  全員の挨拶が終わり、中川が自室へと戻っていくのを見送った後で長瀬は慌しく自分のデスクにカバンを置き、早速「亀井君」と声を掛けた。  亀井はびくりと肩を揺らしてから「はい!」と返事をしてぴょこんと席を立った。その様子からは明らかに長瀬に対する怯えが見て取れた。 「よかったら社内を案内してくれないかな。コピー室とか喫煙所とか、一通り」  わざと悠然とした笑みを浮かべ、含みを持たせる。 「……はい」  亀井はその意図を察したのか、少しおどおどしながらも「こちらです」と歩き始めた。オフィスから廊下に出て数歩進んだところで長瀬は周囲を見回し、誰もいないことを確認すると亀井の腕を掴んだ。 「ちょっと来い」 「え? え?」  訳がわからないといった感じでうろたえる亀井をそのままひきずるようにしてずんずんと廊下を進み、非常階段と書かれた重い扉を開けた。やはり、だいたいどこのビルでも同じ造りのようだ。扉の先は無機質なコンクリートの階段が上下に続く踊り場だった。人の気配はない。がしゃんと扉が閉じる。長瀬は掴んでいた亀井の腕を壁に押し付けた。 「どういうことだ? 『亀井』君」 「な、何がですか」     
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