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「いや、もう一つある」
長瀬は昨日、頭に血が上ってとんでもない失態を演じていたのだ。どうせ二度と会うこともない人間だから、と放っておいたが、同じ職場の人間だとわかった今となってはそうも言っていられない。それは少し冷静になって考えればわかってしまう事だった。長瀬は昨晩、怜司と同じ香水の香りを漂わせている亀井につい『お前、怜司の恋人か?』などと口走ってしまったのだ。
怜司という名前を出したことで、長瀬が探しているのが男だということはすぐにわかる。それを、男である亀井に向かって「恋人か?」などと問い質したからには、怜司が男を恋愛の対象にしている人間、つまりゲイだということも推察できてしまう。さらに、そんな言葉で感情的に食って掛かれば、食って掛かった側の長瀬もまたゲイだと疑われてしまってもおかしくないのだ。
「昨日、俺が言った怜司って奴の事だが、その……」
改めて自ら弁明のような事を口にしても、却って薮蛇になる可能性がある。長瀬がどう切り出すべきか言葉に窮していると、亀井が遠慮がちに「あの」と口を開いた。
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