第三章

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 むずかるように少し眉を顰めたが、そのまま目を覚ます気配もなく亀井は安らかな寝息を立てだした。額をすっかり覆い隠しているまっすぐな黒髪を、さらりと掻きあげてやると綺麗な曲線を描く眉が露わになった。長い睫毛に小さな鼻。唇も男にしてはぷるんとしていて、こうやって落ち着いて見てみれば亀井はなかなか可愛らしい顔立ちをしている。先ほどの笑顔も良かった。しかし、いかんせん出会いがマズい。長瀬の姿を見るたび、まるで小動物のように怯えて逃げ出す。なんとか、普通に会話ができるくらいには打ち解けたいのだが、ゲイだと知られている以上それも難しいかもしれない――。  ふぅと溜め息をつき、長瀬はその場に座り込んだ。いくら小柄だといっても軟体動物のようにくったりとした身体を担ぎ、寝かしつけてやるのはなかなかの重労働だった。おかげですっかりとアルコールが体中に回り、睡魔が襲ってきた。ホテルに戻るにはまた大通りまで出てタクシーを拾わなくてはならない。長瀬は億劫になり、その前に少しだけ仮眠を取ることにした。カシミヤのロングコートを毛布代わりにかぶり、置いてあったクッションを枕にしてフローリングの床に横になる。ふかふかのクッションからまたしてもふわりと怜司の香水が香り、長瀬を深い眠りへといざなった。
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