第一章

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 怜司が戻ってきたのかと振り返ってみたが、そこには怜司とは全く似ても似つかない、小柄で童顔な男の姿があるだけだった。隣の部屋の住人だろうか。学生に見えなくもないが、着ているものはいかにもサラリーマンといった感じのベージュのダスターコート。斜め掛けにした黒のビジネスバッグはぱんぱんに膨らみずしりと肩に食い込んでいる。  その男は長瀬と目が合った途端、なぜかハッとして固まり、持っていたコンビニの袋を地面に落としてしまった。そして、やぼったい黒縁眼鏡の奥の瞳を大きく見開いたまま、じりと後ずさりする。まるで怯える小動物だ。  そのまま対峙していたら脱兎のごとく逃げ出しそうな雰囲気で、長瀬は慌てて「あの、すみません」と声を掛けた。男の肩がびくりと震える。  そんなに驚かなくてもいいだろが、と心の中で罵りつつ不審者と思われないようさわやかな笑顔を作った。  長瀬のきりりとまっすぐにつりあがった眉と、二重で少しきつい印象を与える瞳は、ワイルドで目力があるなどと女性に持て囃されることも多い。だが、ともすると「怒っている」「睨んでいる」と相手に誤解されることもある。その上、体格もよく、上背もあるので大概の相手を見下ろすことになる。威圧感満点だ。そんな自分の容姿を十分に理解しているので、相手の警戒心を解きほぐす方法も長年の経験でそれなりに心得ていた。 「こちらの真崎さんなんですが、いつも何時ごろお帰りになるか、わかりませんか?」  なるべく丁寧に優しい声音でそう言って、玄関のドアを親指で指し示す。     
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