第四章

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 恩田は一瞬、眉を顰め少し不快そうな表情を浮かべたが、紙袋に印刷された店名を見て顔色が変わった。 「わ、これ、美味しいって評判のラングドシャじゃないですか?」 「あぁ、この前テレビでやってたヤツだな。午前中に並ばないと売り切れちゃうって」  安藤もモニタの向こう側からにゅっと顔をだして話に加わる。 「へぇ、うまそうっすね。俺にも一個ください」  小泉も加わり、三人は三時にはまだ少し早いが、がさがさと包装紙を解き始めた。長瀬はその様子を眺め、肩の力を抜いた。恩田のように自分の仕事に誇りをもっている女性は、とかく業務以外の雑用をいやがる。差し入れの菓子などは一番年下の亀井に渡すべきか悩んだが恩田に渡して正解だったようだ。  それにしても、と長瀬は溜め息をつく。昔の自分ならこんな些細な事に神経を使うような事はなかった。もっと自由に自分の思うがままに言葉を発し、行動していた。社会人になって物事の分別がつくようになり、波風を立てないよう上手く立ち回るようにはなったけれど、息が詰まる――。 「長瀬係長も召し上がります?」 「あ、いや。俺はいいから、皆で分けて」  にこにこしながら菓子を差し出す恩田に、長瀬は愛想笑いで答えた。 「はーい。ありがとうございます」     
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