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男は驚愕の顔のままで一瞬口を開いたが、すぐに思いとどまったようにきゅっと唇を引き結んだ。そして、今までのことなど何もなかったかのように表情を消し去り、小さく溜め息をついた。
「そこは僕の部屋です。何か御用ですか?」
「は? でも表札には真崎と……」
「僕がマサキです」
会話を断ち切るようにぴしゃりと言い放つと、男はコンビニの袋を拾い上げた。そしてコートのポケットからキーケースを取り出し、訳がわからず呆然とする長瀬の見ている前でかちゃりと玄関の鍵を開けた。
その時、目の前に立った男からグリーン系の爽やかな香りが漂ってきた。ぶわり、と記憶がよみがえる。それは、抱き合う度いつも長瀬を包み込み気持ちを昂ぶらせた、怜司の香水の香り。気づいた瞬間、部屋に入ろうとする男の腕を反射的に掴んでいた。
「お前、怜司の恋人なのか?」
「な、なんの事ですかっ、離して下さい!」
「質問に答えろ」
男は青褪めた顔で長瀬から逃れようと必死でもがき、それがさらに長瀬を苛立たせた。
「痛っ! やめてください! 怜司だなんて知りません! ここに住んでるのは僕一人です!」
「じゃあなんで、」
「いい加減にしてください! 警察を呼びますよ!」
一瞬怯んだ長瀬の腕を振り払い脇をすり抜けると、男は玄関に飛び込み長瀬の鼻先すれすれで扉を乱暴に閉めた。続いて、中でガチャガチャと鍵を閉める音がする。
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