第一章

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 長瀬がこの街を訪れるのは、大学を卒業して以来今回が始めてだ。この街の工科大学を卒業して東京のIT系企業に就職した長瀬は、何事にも積極的に全力であたる行動力が評価され、めきめきと頭角を現し、同期の中では一番に主任、係長と昇進を続けている。大学時代の浮ついていて飽きっぽく、だらしのない長瀬を知る者からすれば、にわかには信じがたい変容ぶりだろう。  今回この街にやってきたのも、地元の大手企業から依頼を受けたデジタルサイネージを利用した広告の開発運用に関するプロジェクトの現場指揮に長瀬が抜擢されたからだ。現場指揮といっても、プロジェクトを軌道にのせるために現地社員と意識のすり合わせを行い、技術的なノウハウを集中的に叩き込むだけだ。あとは本社に戻り、テレビ会議やメールで対応することになっている。  元々、デジタルサイネージはここ数年急激に脚光を浴び始めた新しい広告媒体で、長瀬の勤めている会社でも新たに参入したばかりだった。もちろん、社内で知識を持っている者もいない。  新規に設置された部署に配属された長瀬は自ら進んで民間の講習会に通い、資料を買い漁りネットで情報を拾い集め、独学で勉強した。その努力が実り、大手スーパーの全店舗にデジタルサイネージの端末を設置するという大型の契約にこぎつけることができたのだ。  その後も、クライアントと打ち合わせを繰り返し試行錯誤の末、蓄積したノウハウは長瀬の自信を深め、かけがえのない財産にもなっている。     
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